by tnet_suami
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先日パーティーがありました。
その席で以前、「一日一話」(PHP研究所出版)という本を差し上げていた方から、「最近、あの本を再読して、改めて感激しましたよ」と言われました。 話は変わりますが、今から十年くらい昔、仲間と一緒に、平林寺(埼玉県新座市)を参拝しました。 平林寺は、350年前に建造された茅葺重層入母屋造りの山門(重要文化財)があり、現在でも修行僧が修行している臨済宗の禅寺です。 又、平林寺は、川越藩(幕府の直轄領)の藩主松平家の菩提樹でもあり、武蔵野の雑木林(国の天然記念物、約60ha)の中には、松平伊豆守信綱、およびその一族の廟所があります。 その日、平林寺のご住職に廟所を案内されて、雑木林を雑木林を歩いていた時、友人がこう言いました。 「このような立派なお墓に名前を残している人は、確かに、世の中に役に立つ事をなした立派な人には変わりないが、真に立派な人は、名前さえ残さない人だと思うよ」と。 その時、私は「変な事を言うなあ~」と思いましたが、暫くして、「本当は、そうかも知れない」と思いました。 ところで、 約800年前の中国の禅僧が書いた「十牛図」といものがあります。 禅宗では、この「十牛図」は、悟りに至るバイブルの一つとして大切にされています。 (十牛図は、牛を真理にたとえて、自我に彷徨う自分が、真理に気づき、段階を踏んで悟って行く過程を絵にしたものです) その「十牛図」の中の八番目の絵は「円相」です。 (お寺等の掛け軸によくある「まる」を描いただけの絵です) そして、「十牛図」で付けられた題は「人牛倶忘」です。 その意味は、「人も牛も、悟りも、何にもない」です。 「あなた方は、偉そうに見える人が偉いんだ。悟っているように見える人が非常に悟っていると思うんだね。この円相から考えて見れば、そういう人は本当の人間じゃないということがわかるんだけども、そうでないとわかりませんよ」………中村天風「盛大な人生」より 冒頭のお話に戻りますが、「一日一話」には、私も1ページ、書かせていただいておりまして、知人がその文書に触れたものですから、 私は、「自分の文章を読み直してみると、実際の生活ではまるでなっていないですから、なんだか自分が偉そうにしている見たいで、恥ずかしいです」とお答えしました。 すると、知人は「それはまずいよ、生きているという事は、どろどろした矜持があるから、生きていると言えるんだ、と思うよ」と言いました。 確かに、そうかも知れない、と思いつつも、改めて、平林寺での友人の言葉を思い出しまして、迷います。 余談ですが……… 人は、若い頃には男女を含めた、どろどろした「人間」に興味を持ち、少し経つと「動物」(ペット等を含む)に興味を持つようになり、更には、盆栽等の「植物」に興味が移り。そして、次の段階では、動かない物、即ち「石」に興味を持つようになる。 友人が、私にこう言いました。 「石に興味を持つようになったら、人間、もう長くないかも(笑)」 MASTティーネットワーク 東武東上線朝霞・西武池袋線東久留米・練馬区富士見台の不動産賃貸物件検索・経営相談(CPM) 賃貸住まいるくん!モバイル 東武東上線朝霞・西武池袋線東久留米・練馬区富士見台の賃貸アパートマンション物件検索 by T-network[ティーネットワーク] ご縁のある皆様に感謝
by tnet_suami
| 2010-02-24 18:42
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